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インタビュー&コラム

外房人物館

松田 次泰さん (刀鍛冶)

【インタビュー2】


国宝級の沸(にえ)の美を極め、
本物の魂と技に挑む日本刀作家。

松田 次泰さん

次泰鍛刀場
日本刀作家
マツダツグヤスさん

高松宮記念賞をはじめ多くのコンクールで受賞。松田刀匠に、日本刀の美術性を中心にわかりやすく語っていただきました。あなたの知らなかった世界がここにあります。

松田次泰さん

松田次泰さんの仕事が本になりました。
「日本刀・松田次泰の世界 -和鉄が生んだ文化-」
作・画 かつきせつこ
企 画 松田次泰、かつきせつこ
雄山閣出版



インタビュー


刀の製作には、多くの職人がかかわっている

刀鍛冶の方が、拵(こしら)え[日本刀の外装部]など装飾の部分も含めて、すべてを製作すると考えている人が多いようですが、実際は、刀の製造は分業制になっているんですね。

刀鍛冶 松田次泰さん

刀鍛冶は、鞘の中にはいっている鉄の部分、専門用語で刀身といいますが、この部分だけを作ります。
最後の刀を研ぐ仕上げも、研磨師がその作業を行います。拵えなど装飾の部分は、鞘師が作ります。ほかにも、塗師、蒔絵師、金工師、白銀師など、さまざまな職人が製作にかかわり、日本刀は完成されます。


研磨にしろ、装飾の部分にしろ、最後の仕上げであり、刀の出来栄えを左右する重要な工程だと思いますが、その作業に刀鍛冶の方ご自身が参加できないことに対して不安はありませんか。

われわれ刀鍛冶の中にも、研磨もやる人間もいますし、鞘やハバキだって作ろうと思えば技術的には可能です。
でも、一日中、専門的に研磨をしている職人、鞘やハバキを作っている職人と同じレベルで作業するには、現実的に限界があります。
同じ研ぎ師といっても、みんなが同じ技術をもっているとはかぎりません。これは、どの世界でも同じで、優秀な人もいれば、そうでない者もいます。
その見極めは大切ですが、腕のいい職人を見つけて、その後の工程を依頼するというのが一般的ですね。


刀の世界では、「新刀」と「古刀」という区別がよくされますが、その違いについて教えてください。

平安末鎌倉初期から室町末期までを「古刀」といいます。江戸時代初期から末期頃までを「新刀」といいます。その違いははっきりした事はわかりませんが材料である鉄の造り方の違いであると思います。
古刀期の刀と新刀期の刀は見た目も違います。同じ刀鍛冶で室町末期から江戸時代初期にまたがった人もいますが、同じ刀工でも作風はまったく違います。たぶん材料である鉄の違いだと思います。


一人につき日本刀を作ってよい数は、二四本まで

日本刀の一本の製作期間は、どれくらいでしょうか。

製作期間というより、一人の刀鍛冶には、日本刀を製作してよい本数制限が設けられています。製作承認は二週間に一本以上作ってはいけません。
実際はもっと作れますし、いい刀を作ろうとすれば、一本の刀の注文に何本も作り直しをしますし、必然的にもっと時間をかけて作っています。
法律上、一ヶ月に二本できますから、年間二十四本までならば製作承認申請を出して作ってもよいのです。僕の場合は、製品として年間で二十四本は作りませんが。


いつの時代から本数制限が定められたのですか。

戦前までは、何本でも製作ができました。ところが、第二次世界大戦が終わると、GHQの指令により、柔道、剣道、時代劇など、ナショナリズムに結びつく活動に制限が与えられました。日本刀も、美術品としてではなく、武器であると見なされ、製作が禁止されるとともに、数多くの名刀が廃棄・没収されました。
そのような時代に、われわれの大先輩である本間薫山先生や佐藤寒山先生が中心となって、刀を武器でなく、日本の伝統的な美術品としてGHQを認めさせる運動が起こりました。そのおかげで、現在では本数制限があるものの、日本刀の製作は許されました。


日本刀は、昔から主たる戦闘のための武器ではなかった

刀鍛冶 松田次泰さん

日本刀とは、かつて人を殺すための武器であり、その目的のもとに製作されました。大変失礼な言い方になるかもしれませんが、現在作られる刀は、武器としての側面は薄れ、美術品としての製作が一番の目的となっているように思います。そのため、かつて製作された日本刀と現在製作される日本刀では、異なった性質をもっているように考えられますが、いかがでしょうか。

刀には、「精神性」「機能」「美術」といった様々な側面があります。
ご指摘は、古刀は「機能」や「美術」という側面を備えていたが、現代刀には、美術品としての側面しかないということですが、そうとは言えません。
実は、昔から日本刀は、必ずしも武器としての側面が重要視されて製作が行われていたのではありません。
いくら戦争といっても、誰もが死ぬのは嫌ですよね。だから、自分の身を守るため、昔からできるだけ接近戦は避けられていました。遠くにいても戦える道具が使用されていました。戦国時代であれば、前半は弓で、後半になると鉄砲が使われました。それでも接近して戦わなければならない場合には、槍(やり)や薙刀(なぎなた)が使われました。狭い場所では刀は必要でしたが、そのような機会はあまりなかったと言えます。
当時から、日本刀は戦闘のための主たる道具ではなかったということです。


何億円もする日本刀と、数十万円の日本刀の違いは、刃紋の美しさにある

拵(こしら)えなどの装飾的なパーツが美術的な価値をもつことは理解できますが、なぜ日本刀は、刃の部分に、美的な価値を見出されているのですか。

日本刀には、刀を磨き上げたあとに浮かび上がってくる刃紋や地鉄の美しさがあるんです。
残念ですが、美術館や博物館などで展示されている距離では、その美しさはわかりません。
時代劇で、ろうそくの光の中、日本刀を手にとって、刃を眺めているシーンがあります。そうしなければ刃の美しさは見えません。光に刃を透かすと、刃紋があらわれてきます。日本刀の美術的な価値は、その刃紋の働きがどのように見えるかにあります。


剣とか刀は、世界中どこにでもありますが、なぜ日本刀の刃だけが美しいとされているのでしょうか。

日本には、鉄の質まで磨きあげる、研ぎの技術があるからです。
包丁や鉈(なた)など、切れる切れないのレベルからさらに、研ぎをすすめていくと、鉄の質感が出てきます。
わかりやすく言えば、木材にたとえることができます。日本の建築では、ペンキは使いませんよね。なぜなら、カンナで木の表面を削っていくと、木の肌の模様があらわれ、光沢が出てきます。私達日本人は、木の肌目に美しさを感じ、楽しむことを知っています。
同じように、刀を研いでいくと、鉄の模様が出てきます。杢目肌(もくめはだ)、板目肌、綾杉肌など、様々な呼び名がついています。
一部、海外のダマスカス鋼の刀には鉄の模様を見ることはできますが、それは日本刀のように砥ぎにより生み出される模様ではありません。この刃紋が、海外の刀にはない、日本刀の独特の美しさなんです。


その刃紋に価値があるということですか。

そうです。何億円もする刀か、数十万円の刀なのかは、その刃紋がどのように見えるかの違いです。
これは手にとって、刀を光に透かして、はじめて見えます。名刀とされる刀は、少し角度を変えるだけで、また違った刃紋があらわれます。専門用語では、沸(にえ)や匂(にお)いと呼ばれますが、今日見て、また明日見ると、また違う刃紋が見えるんです。だから、飽きないんです。
ところが、現代刀の多くは、いずれの角度から見ても、刃紋に変化はありません。だから、すぐに飽きます。美術品としての価値の違いはここにあります。


名刀とは、機能性と美術性が両立した刀のことをいう

名刀とは、刃紋が美しい刀を指すということですね。

美しいだけでは、名刀にはなりません。
武器としての機能性をもちながら、本物の美しさを備えていてる、それが名刀の条件です。
刀は武器ですから、私自身、「折れず、曲がらず、よく斬れる」という刀の機能面を二十年ぐらい研究いたしました。自分の刀がどの程度耐久性があるか、不安になりますから、居合刀を作り、実際に武道家の方に使っていただきました。竹、薪、鉄などを斬ってもらうんです。斬り方が上手な人であれば、それほど斬れ味のよくない刀でも真っ二つになります。だから、竹の節など、斬りづらいとされている箇所に刀をいれてもらうんです。出来のよくない刀であれば、曲がりますし、刃こぼれもします。悪い条件のときに、自分の刀がどのように反応するか、試してもらいました。そうやって、刃物として機能性を徹底的に追求いたしました。
そうすると、機能性に優れている刀の作り方がわかってきます。ところが、機能的であればあるほど、つまり、斬れる刀であればあるほど、本来の刀が持っている美しさからどんどんかけ離れていきます。逆に、機能性を無視した美しいだけの刀を作ることもそれほど難しくないんです。
刃物という機能性を備えていながら、美術品としても高い価値がある、それが名刀の条件です。鎌倉時代の刀は、当然、武士が使っていますから、よく斬れます。しかも、その機能性の中に美しさがある。だから、名刀として今も存在しています。誰もが作れるものではありません。この制約の中で作られた刀には、非情なまでの緊張感があります。その機能性と美しさの両立が、われわれを感動させます。


インタビュー1

インタビュー3


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